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神々にも『食事』が必要である。これはメソアメリカにおける宗教、神話、儀礼において、その根底にある考えである。そしてこの神々の食事における最上級の餐が、人体とそこに宿る生命である。先スペイン期において、供儀の犠牲者は特定の儀礼を通じて神々に捧げられ、その肉体と命が神々を大いに悦ばせ、神々はその力を新たにしたのである(スペイン植民地期、そして現代においても、多少こういう考え方の傾向は残っている)。本講演はこういった神々の聖餐、心臓摘出や斬首といった古代マヤの人身供儀について、自然人類学の見地から科学的に検証と議論を行うものである。まず死亡時に受けた暴力の骨学的な証拠が明らかな、45遺跡出土分という非常に広範な考古人骨群を研究し、使用利器や受傷の状況から多様な人体供儀の様相を明らかにする。各古人骨には心臓摘出や斬首のような殺人に至る行為に限らず、犠牲者の皮を剥ぐ行為、肉を削ぎ落とす行為、遺体の素材を用いて宗教的記念品を作り出す行為、建物の外へ肉体の一部をさらす行為など、実に多様な死後の加工の跡までが記録されている。しかし、重要なことはこういった一種残酷とも思える骨学上の個体記録を、古代マヤ文明圏全域における考古学的な傾向として捉えることである。こうすることで当地の宗教儀礼の実践の変遷過程があぶり出され、いわゆる古典期マヤ文明崩壊とその後において、強い暴力性を伴う宗教儀礼が増加していったという興味深い歴史的な展望が明かされる。これはチチェン・イッツァ遺跡(ユカタン州)やチャンポトン遺跡(カンペチェ州)で見られる図像的な資料とも合致する所見である。また本講演の最後では、こういった考古コンテクストにおける儀礼的暴力を理解するための方法論、理論的なアプローチについても新たな見解を示す予定である。

講演者略歴

ドイツ、ハノーファー医科大学で5年間医学を学んだ後、渡米。チューレン大学で美術史を専攻、卒業し、メキシコで新たに国立人類学歴史学大学校に入学。考古学を専攻、卒業し、同校にて考古学修士。後にメキシコ国立自治大学にて人類学博士。現在はユカタン自治大学人類学部教授。同学でバイオアーキオロジー研究室ならびに組織学研究室を主宰。メキシコ科学アカデミー会員、同国立研究者機構では最上位の第3階位に認定されている。専門は古病理学、バイオアーキオロジー、タフォノミー、先スペイン期ならびに植民地期における埋葬儀礼。スプリンガー社、フロリダ大学出版局、アリゾナ大学出版局、ハーバード大学ダンバートンオークスなどから出版された学術業績は合計で200点以上に上る。

神々に力を:

メソアメリカ東部における人身供儀と遺体の儀礼的加工に関するバイオアーキオロジー

 

ベラ・ティスラー

(ユカタン自治大学、メキシコ)

​(初来日)

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